アフリカ大好きマルチリンガル・りさぴょん(@LisapyonKenya)です。
【孤児院への支援は危険?】シリーズ第三回目も、私が実際にケニアで会った女の子の実例を紹介します。
目次
このシリーズは①をまず読んでほしいです。
サラはどうやってたどり着いたか?
今回はケニア協力隊時代に出会ったサラのケースを紹介します。
孤児院を支援せずに、孤児院にたどり着くだろうと思われる子どもたちをどうやって支援をすればいいか、考えときに、まずは子どもたちがどんな原因で家族を離れたのか一緒に分析したいと思います。
①サラのお母さんは地元の男性と付き合い始めて、結婚して子どもができた。
②しかし、夫は仕事が見つからず、全く働かないため、サラのお母さんが野菜を毎日街まで売りに行って稼いでいるお金では足りなかった。1日300円で子どもたちのごはんを作りたかった。しかし、家で何もしていない夫がお金を奪い、そのお金でお酒を買っていた。
③夫が出ていき、サラのお母さんはシングルマザーになった。夫と住んでいたアパートを引き払い、実家に戻った。家族に助けられながら、2人の子どもを育ってていたが、収入が足りずに、サラが小学校から追い返させることも。精神的なストレスがたまっていた。
④そんなときに男性に出会い、彼は稼ぎが少しはあったので、経済的にも精神的にも支えてくれて、ストレスが少し緩和されてきた。しかし、その男性は子どもを極端に嫌っており、一緒に住むのは無理そうだった。
⑤子どもを実家において出掛けるようになった。
⑥新しく出会った男性と一緒に住むためにサラのお母さん(シングルマザー)は、サラともう一人の兄弟を実家に置き去りにしていなくなった。おばあちゃんは、70歳。収入もなく、育児や仕事ができる体力がない。おばあちゃんは孤児院の存在を知り、孤児院に入れてほしいと私が働いていた児童局に相談に訪れた。
サラの家の問題はなに?
サラのお父さん(最初の夫)に仕事がない。
➡アフリカの失業率の高さ。ビジネスをやる難しさ。
サラのお母さんの収入がない。
➡女性がお金を稼ぐ難しさ。
サラのお父さん(最初の夫)が出て行ってしまった。
➡男女のパワーバランスの違い。
サラが小学校から追い返させる
➡義務教育なのに無料化されていない。
サラのお母さんは子育てを手伝ってくれる人がいなかった。
➡身体的・精神的に疲れた時に子どもを預けられる場所がない。預けるためのお金がない。近くに相談できる人がいなかった。
サラの新しいパートナーが子どもを嫌がった。
➡男性が再婚する女性の家族に責任感がない。
サラのおばあちゃんがサラを面倒見れなかった。
➡年金のような制度がなく、おばあちゃんも人に依存しないといけない。生活保護や子ども手当のような社会福祉制度がない。
さらのようなケースは本当に山のほどありました。
基本的に産みの親である最初のお父さんが養育費が払う義務がありますが、法的な手続きをしてなかったり、法的な拘束力が弱いため、泣き寝入りするお母さんたちをたくさん見てきました。
サラのお母さんは連絡が取れなくなってしまい、探せなかったため、お母さんを支援する方法ではサラを施設に行くことを止めるということはできませんでした。
サラのケースでは、おばあちゃんの生計向上支援に参加してもらうとかは難しいんです。たとえばPLASで行っているカフェや農業を通じた生計向上では、保護者が研修に参加して、新しいことを学んで、体を動かして、お金を稼ぎます。サラのおばあちゃんにこれをやってもらうのは現実無理です。
その場合は、サラの叔父・叔母にあたる人にサラと兄弟を受け入れてくれないか交渉します。すでに数名の子どもがいて、嫌がれられることが多くあります。
アフリカは大きな家族で住む伝統を持っているとは言え、現金社会で、広大な農地があって、とりあえず食べ物があるというだけでは現代社会は生きていけないのです。拒否する叔父叔母夫婦の環境も理解できます。
そういった場合、サラの新しい保護者になってくれる叔父叔母に生計向上プロジェクトを受けてもらうことになります。
私は当時青年海外協力隊でPLASで働いていなかったので、知っているNGOにつないで支援をしてもらうようにお願いするとか、政府で出している子ども手当(Cash transfer)のwaiting listに入るという対応でした。
孤児院がベストな選択肢
このような状況では、児童局側としては、支援するすべを持たないので、孤児院に送ることがベストな選択肢と考えます。
児童局のスタッフも1人で1県をカバーしています。4万人住民が住んでいる地域の子どもに関するすべての問題に丁寧に対応することは無理なので、一番容易な手段の孤児院への入院を選んでしまいます。
残念ながら。
これもまた児童局スタッフを責められないんです。そうゆう環境では、孤児院が子どもへの悪影響がのちのち待っていると知っていても、”今”をしのぐためには、孤児院という選択肢になります。そして一度入ってしまったら、サラのお母さんを探すこともやめるし、代わりに保護者になってくれる人を探すのもやめます。
サラは18歳、または20歳になるため、孤児院にいることが決定します。
このような背景を受けてPLASに入職しました。
子どもいるお母さんが経済的に自立して、生活できるように支援しているPLASを応援すれば、孤児院にたどりつく子どもを減らすことができるんです。
孤児院とPLASのようなコミュニティ支援している団体を支援するのは、どちらがいいのか決めるのはあなたです。