アフリカ大好き国際協力で戦う33歳・りさぴょん日記。

アフリカ、女性の国際協力のキャリヤや経験、語学研修を書き残していくためのブログ。

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ケニアのキベラ・スラムにあるマゴソスクールを訪問!

アフリカ大好き・りさぴょん(@LisapyonKenya)です。

今日は2020年3月にケニアのキベラスラムを訪問した時の感想を書きたいと思います。ケニアに行く方に全力でおすすめしたいです。サファリもいいですが、ケニアのローカルの雰囲気をこれだけ感じられるのは、キベラスラムも誰よりも知っている早川千晶さんが企画しているツアーだからです。

 

早川千晶 | Facebookさんが始めたNGOです。

magoso.jp

 

集合場所

ナイロビにあるPRESTIGE PLAZAというショッピングモール集合です。

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PrestigePlazaMall - Google Map

Ngong Road 沿いにありますが、朝は猛烈に渋滞します。8:30集合だったのですが、その時間に着ける自信がなかったので、7:30にPRESTIGE PLAZAに着き、モールの中にあるJAVA CAFEで朝ごはんを食べました!ヨーロッパのカフェと同じ感じで普通においしく、値段も700-800円です。

集合場所とスラムの位置関係

1日の流れ

8:30 集合。ケニアやキベラの歴史について説明してくださいます。

9:30 ショッピングモールから歩いてスラムへ。

スラムの中をぶらぶらしながら、千晶さんが「このお店は〇〇を販売していてこのようなビジネスをしている人の月の平均月収は〇円くらい」です。という具体的な生活感のある話が聞けます。

11:30 マゴソスクールへ

学校内の案内をしてくれます。子どもたちが教室で勉強している様子を見学できます。また、子どもたちが学校の真ん中に全員出てきて、歌やダンスを披露してくれます。私たち見学者の自己紹介タイムや出し物タイムもあります。英語やスワヒリ語ができない場合は、千晶さんが日本語からスワヒリ語に通訳してくれます。私たちのグループでは、英語で歌を歌って披露した方がいました。また、子どもたちへ給食を配っている様子も見れました。

13:00 お昼ご飯

ブッフェ形式で、ケニアのごはんが楽しめます。米、ウガリチャパティ、牛肉、魚、フルーツと盛沢山でした。もし食べられないものがある方は事前に相談するとよいと思います。千晶さんをはじめ、マゴソスクールの先生たちも一緒にいたので、この時に質問もできました。英語で質問できますが、もしできない場合は千晶さんが通訳してくますよ。

14:30 お買い物タイム

マゴソスクールで訓練受けた方たちが作っているかわいいアフリカ布製品を購入できます。マゴソの製品は質が高くてかわいい!私はスカートと甥っ子のハーフパンツを購入。

15:30 ショッピングモールまで戻ってきて解散。

 

持ち物

貴重品はなくして最小限の荷物で参加するようにアドバイスをもらうと思います。私の時は3月で暑かったので、500mlの水を飲み終わってしまい、途中で買いました。私はスワヒリ語ができるし、慣れているので、スラムのお店で勝手に買えますが、心配な方は持っていくのがよいと思います。または、遠慮なく千晶さんに「水を買いたいです」というのがよいと思います。どんどん進むので、遠慮はしない方がいいです。また、足場が悪いので、スニーカーで!

ケニアの歴史

恥ずかしながら、ケニアについてよく知っているつもりで全く知らなかったケニアの歴史を知りませんでした。そして、千晶さんから聞いたキベラスラムの素敵なストーリーを少し共有します。

1890年 キベラスラムのはじまり
自然を支配してはいけない。自然の力を感じながら、移動しながら生きる。過去に王国はなかった。民族同士で助け合いで、支配する人がいなかった。今のように”国”という概念はないし、”政府”とか中心になる組織のようなものがなかったというわけです。
イギリス植民地化
いきなり土地がイギリス王の土地になりました。おもてなしをすることがあまり前のひとたちは、外から来た人を疑うことなく、歓迎しました。そして、高地の農業ができるところを中心に奪いました。ヨーロッパの列強国。ホワイトハイランドというのを聞いたことがあるかもしれません、
奴隷時代
1896年からモンバサからの列車がひかれました。鉄道労働に、3万人が奴隷としてケニアへ連れてこられた人々がいました。割が死亡したそう。1901年にビクトリア湖までつながる。1000kmの鉄道の中間地点が、ナイロビ。ナイロビは、マサイランド(冷たい水)と呼ばれ、高地でマラリアがない最高の場所です。その最高の場所・ナイロビを拠点にイギリスが支配します。
イギリスの支配
イギリスが植民地のための資金を税金を課す。白人が道路が必要になる。インフラのお金を黒人に払わせた。そして、白人居住区、黒人居住区に分け始める。
イギリスの軍隊が住み始めたのが、キベラスラム。ヌビア人がエジプト軍に参加してた。それをイギリス軍隊として送った。
でも捨てられて、ヌビア人たちは、キベラスラムで、家を建てて住み始めた。それは、1890年くらいの出来事。
第一次世界大戦ヨーロッパの戦争。
アフリカの人を戦士として、戦場に送る。世界大恐慌も。
1920年、イギリス人による都市計画がスタート。イギリス人にとって効率よい町に。そのための人種隔離政策で、住みやすい高地を白人に、黒人は水のない場所へ。
黒人居住区ー>今のイーストランド
植民地化+プランテーション
イギリス人はこの土地でコーヒーや紅茶のプランテーンションを作った。今はケニアでコーヒーや紅茶は有名ですが、元々名産であったわけではもちろんないです。高地で雨の多いケリチョやエルドレッドが選ばれ、換金作物を作る場所になった。紅茶は輸出作業としてケニアの経済に役立っていると思いきや、ヨーロッパの大きな企業が買い占めて、ヨーロッパに飲まれるために、生産されています。
国民食・ウガリの秘密
植民地支配で、もたらされたウガリ。とうもろこしを乾燥させ、粉にしたものを、お湯を入れて、作る主食ですね。ケニア人も国民食として、こよなく愛されているウガリですが、なんとイギリスが持ってきた憎らしい食べ物なんです。白いとうもろこしは、外来野菜で、3か月で育ちます。安く生産できるものが導入されたわけだ。そして、栄養価は低い。食生活が植民地支配で大きく変わった。
 
部族を固定し始めた。
これも驚きの事実。ケニアといえば、いつも民族間で争っているイメージ。過去の大統領選挙でも、死者が出るほどの暴動が多発。しかし、イギリスが植民地とする前は、緩やかなアイデンティティだったらしい。キクユだった人がマサイになったりもしたらしい。部族を変えることも問題なかった。しかし、イギリスが、仲が悪くなるそうに仕向けた。そうすれば、統治をしやすくする。これは世界中植民地でよく使われた手ですね。間接統治で、この民族は税金を回収させる。そうして、平等だった制度を持ち込む。そして、縦割りの制度、チーフを作る。
 
1920年都市計画
 
イギリス人は都市計画のためにキベラスラムがある地域を白人居住区にしたかった。だら、黒人たちを移動させようとした。彼は反抗した。ヌビア人の人たちは、ケニアに来たくないのに、奴隷として来て、捨てられた地域で街を作ったのに。その対策としてだんだん長屋を作って、人を受け入れてきた。人口が増加させた。
白人に抵抗し始める。ゲリラや政府への抵抗活動が始まり、1950年代アフリカが独立運動
キクユ族から運動を、はじめる。収容キャンプに連れたことも。
今は白人が分類したと言われる42民族。白人系、アラブ系、インド系のケニア人がいる。
独立
1963年イギリスから独立。初代大統領・ジョモケニアッタは有名ですね。国際空港の名前にもなっていますね。
彼は、「過去を忘れて許しましょう。黒人も白人も働いて一緒に働こう。ハランベー。」と、新しい国をはじめたそう。
白人は追い出さなかった。みんなでケニア人になろう。
現在のキベラスラム
独立時、キベラスラムが2万人になった。現在は200万人。特にケニアの西部から、仕事を求めてやってくる。今も、政府に対して反抗する伝統が残っている。政府に助けてもらわなくて生きていく。自治的な組織。自分たちの掟を持ち、15村、自治組織があるそう。
キベラの生活
道端で、野菜売りのおばさんは、1日150シル程度売り上げがあるそう。しかし、1日生活するための予算は800-1000シルで15人を養う。
 
訪問した仮名・ジョンさんは、ウガンダとの国境ブシア出身です。小学校7年生まで終了している。1984年キベラスラムに移住。キベラスラムに先に住んでいたお兄ちゃんを頼って、スラムに移住。同じ村の人を頼って来ることが多い。彼のびっくりなところは高級ホテル・Pan Africaで働いていること!これはみんながうらやむ仕事!月12000シル(12000円)で警備員として、働いている。嫁と子ども(5人)は田舎。出稼ぎして、田舎で土地を買いたいそう。田舎に大きい土地を買って、農業をして十分な収入を得られるようになるのはケニア人がよく描く夢ですね。田舎では井戸を掘って、水を出てるらしい。今は、パンプがほしい。すでに7エーカー持っているそう!すごい!今後は灌漑設備を建設したい、そして周りの子どもを助けたい!自分の子どもだけでなく、コミュニティのみんなを助けたいと思っているところが素敵ですね!
今は、3000シル(3000円)の家賃を支払い、水道はないが、電気があり月500シル払って、3人暮らししているそう。
 

後半は私の備忘録になってしまいましたが、千晶さんから直接お話を聞けるのはとても魅力的です。1日でぎゅっとケニアについて知ることができるので、ぜひご参加ください。

ぜひみなさんもケニアに行く際はキベラツアーに参加してください。